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ただし、うつ病ではある。 ―日常の精神療法―

ただし、うつ病ではある。 ―日常の精神療法―

著 者:増茂悠人
定 価:3,520円(本体3,200円+税)
発行日:2026年8月31日
ISBN:978-4-911830-01-7
判 型:B6変形・上製本
頁 数:390頁
ブックデザイン:吉岡秀典+及川まどか(セプテンバーカウボーイ)

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この本について
ある若い精神科医が、平凡なうつ病患者になった――。
うつ病の治療には休養が必要である。しかし、生活と仕事への焦り、回復しなければならないという圧力は、医学の言葉だけでは捉えきれない日常の問題でもある。
本書では著者の幼少期の体験、仕事との関わり、家族との生活、診察室でのやり取りがありありと描かれる。そこに精神科医としての知識が重なり、うつ病を病気としてだけでなく、人が生きてきた時間や価値観、生活の中で起こる出来事として捉え直していく。
うつを抱えた人は、日常のなかでどのように自分と向き合い、生きていくのか。
うつ病を生きる精神科医が知識と無力さのあいだから見出す、学術エッセイ。
目次

第1章 うつ病と出会う
1.平凡な医者が平凡な患者になった
2.今ここの私から始める
3.医師と患者の秘密の真実
4.私というカルテ
5.ジャンヌ・ダルクの生活歴―診察室という法廷
6.処方薬という物語
7.約束ごととしてのうつ病
8.地図にない出口
第2章 病人役割
1.休めと言われましても
2.わからないものに降伏せよ
3.ハンドメイド病人生活
4.喫茶店論―迂回路と物
5.公園論―何もしない場所と時間
第3章 価値観に踏み込む
1.うつ病の地図を描く
2.できないからダメなんだ
3.信念に触れる
4.うつ病患者からみた家族
5.ふつうの生活、家族のケア
6.主治医交代問題
第4章 変化を待つ
1.時間と部分のマッサージ
2.せっかく病気になったんだから
3.上手な絶望
4.変化の精神療法
5.待合室問題
第5章 日常の精神療法
1.うつ病はわからない
2.子どものことと、子どもの頃のこと
3.すいません禁止令
4.今ここから始める精神療法
5.身体反応への気づき
6.反芻思考から没頭体験へ―日記と創作
7.感情とぬいぐるみ
8.その後のうつ病

序文

精神科医を真面目にやっていたら、自分がうつ病になっていたわけです。気づいたらなっていたという言い方がしっくりくるでしょう。でしょうと言われても、私の話だからみなさんにとっては「知らんがな」という感じかもしれないけれど、なかには、そうそう、そうなのよねとうなずく方もいるのではないでしょうか。へー、そうなのか、くらいの感覚の方もいるでしょう。昔の私だったらそっち側なのだと思います。

 私の精神科医としてのうつ病の知識は、私自身のうつ病の経験の前ではあまりにも小さく、もしくは大きすぎたのでした。うつ病と診断されても、私がどういう状態にあるのか実はよくわかりません。ピンとこないと言ってもいい。じゃあどうすればいいのと考えると、余計にわからない。どうしたら私はよくなるのでしょう。

もちろんうつ病の治療の知識はあります。薬を飲んで休養するということは、みなさん聞いたことがあるでしょう。ただ、それをやってみると、まあ薬を飲むことはともかくとして、休むというのがさっぱりわからない。自分が何もわからないことすらわからない。

仕事をしていない状態、そんな自分のあり方に焦る。役立たずな自分が職場に、そして家族に迷惑をかけている。そんな私が休めないのは当然で、休んでいられないと思うほうが倫理的だとすら思うわけです。焦って自分を責める私のほうが正しいのだと、私は思いました。こんな私は無価値である。私にとっての真実がそこに剥き出しになりました。

うつ病と診断されて始まるのは、そういう生活なのです。うつ病と診断されてからの生活は難しい。生活のすべてに苦しさが瀰漫(びまん)します。うつ病の症状は治療されますが、私たちが本当に困っているのは、そういう生活の中のひとつひとつに現れる困難なのです。それは「じゃあこうすればいいじゃん」、「こう考えればいいじゃん」という助言が跳ね返されてしまうくらい、私たちの生活の基本的な土台を(変なふうに)支えてしまっているのです。患者の治療は診察室にあるのではなく、生活の中にあります。

うつ病は私たちが生きてきた土台の中にあります。だから、生きることの中に治療があるのです。うつ病を生きることの中にうつ病の治療があります。「ゴミクズのようなやつだおれは」と言いながら、ご飯に納豆をかけて食べることの中に治療があります。私はそのことを知らなければなりませんでした。それを知らなくては前に進めなかったわけです。

この本はそのような私の経験をもとに書かれました。私はあくまで医者です。医者として、ある程度専門的な知識から出発しています。しかしその視点が、日常に拡張されていく過程が書かれます。医者である私が患者の視点を知り、医者と患者と交互に入れ替わるような思考をするところから始まり、その視点が徐々に日常生活に浸透していく。そしてその先に個人的な問題の領域を見て、足を踏み入れていきます。

私はこの本を、ひとまず若い医師に向けて書き始めました。しかし書いてみたら、うつ病治療に困っているすべての医師、心理職の方々、対人支援職の方々にも読んでいただけるものになったと思います。専門的な議論はなるべく平易に書きました。患者である方々、当事者の方々が読めば、医者の考えていること、自身の病いの捉え方、生活のヒントを得られるかもしれません。

 

精神科外来で診療していれば、うつ病患者は日々私たちの前に現れるでしょう。休養と投薬、睡眠リズムを整え、運動療法を指示すれば、患者は勝手に治り、そして勝手に治らない。そうなると、うつ病治療は暗中模索です。治療は手元にある脆弱なカードを順繰りに出すことではないと、私たちはどこかで気づいているのではないでしょうか。それ以前に、何か基本的な足場がないと感じている。

私は医者であり、患者となりました。そうすると、医者の視点と患者の視点は、思っている以上に遠いところにあることがわかります。その両者が出会うのが診察室であり、同じ地平に立てるのが日常の生活です。

治療は診察室から日常の生活に拡がっていかなければなりません。生活の中で治療が進むこと、生活の中で患者ができること、周囲の人ができること。それを医者も患者も知らなくてはなりません。

私はこれからその軌跡を語っていきたいと思います。ただし、うつ病ではありますが。

著者プロフィール

増茂悠人(ますも・ゆうと)
1987年生まれ。東京都出身。精神科医。博士(医学)。2014年千葉大学医学部卒業。
2児の父。好きなフットボールクラブはアーセナル。日記をつけている。